カレンダーを受け取れなかった理由

あれは今年のテト(ベトナム旧正月)前のこと

 

毎年、誰かがタダでくれる卓上カレンダーに今年はなぜか“縁”がない

 

それで会社の総務部のベトナム人副主任に、Shopeeで注文してもらうことに

 

もちろん自分で注文することもできる

 

でも、いちいち配達人からの電話に出たり、わざわざ1階まで下りて行って商品を受け取るのが面倒くさい

 

そんなわがままなわたしのお願いをいつも一手に引き受けてくれるのがこの総務部副主任

 

ところが、それから何日経ってもカレンダーが届かない。通常なら即日か、遅くとも2~3日で届くはずなのに

 

しびれを切らしたわたしに副主任はこう言った。「モシワケゴザイマセン。カレンダハコナイカモシレマセンデス」

 

「なんで?在庫切れ??」

 

「イエ。イマ、ワタシデンワニデマセンカラ。シッパー(配達の人)カラ、デンワガキテモ、デマセンカラ」

 

「何で出ないの??」

 

状況がまったく把握できないわたしに、彼女は声を潜めてベトナム語で説明し始めた

 

「借金取りから毎日何十回も携帯に取り立ての電話が掛かってくるんです」

 

「え~っ、借金取り?!あんた、借金してんの??」

 

「わたしじゃありません。借金しているのはソフト開発部のTくんです。借金取りは、Tくんが対応しないので、わたしと所長のところに毎日電話してくるようになりました」

 

Tくんというのは、わが社で唯一の南部人。ずば抜けて陽気な上に、人からどう思われるかを全く気にしない超マイペースな男の子。仕事はできるが、北部人が99%を占めるわが社では宇宙人的な存在だ

 

では、なぜ借金取りはTくんのところに電話しないのか?なぜ総務部副主任と所長の電話番号を知っているのか?

 

所長を会議室に呼び出して、詳しい話を聞いてみた

 

所長曰く、借金取りは当然、Tくんにも矢のような催促をしているのだそう。ただ借りたお金と法定金利分はキチンと返したTくん、それ以上は一銭たりとも払う義務は無いとのスタンスを貫き通している

 

しかし、Tくんがお金を借りた業者は悪名高き高利貸し。法定金利+αでの返済をしつこく要求しているのだそう

 

その業者は、ネット上で公開されているわが社の情報から、代表者である所長と経理責任者である総務部副主任の名前と電話番号を調べ上げたというのだからすばらしい

 

「こうして、所長や副主任のところに借金取りから電話が掛かってるってことTくんは知ってるの?」

 

「はい、知っています。」

 

Tくんは、そのことについて、申し訳なく思っているのだそう。でも、そこは“宇宙人”。迷惑をかけている相手に顔向けできないほど恐縮しているわけでも無さそう(笑)

 

「だったら、もっとTくんに強く言いなよ。高利貸しの言っていることが正しいのか、Tくんの言ってることが正しいのかはわかんないけど、“毎日、何十回もの電話が掛かって来て、こっちは仕事に支障をきたしている。自分できちんと解決しないんだったらクビ”ってハッキリ言いなよ」

 

それに対して所長は、「はい、そうするべきなのはよく分かっています。でもここでTを辞めさせても、問題の根本的な解決策にはなりません。いずれにせよ、せめてテトが終わるまでは、Tのために我慢してやろうと思います」と苦笑い

 

そう。ベトナム人にとってテトは特別な行事。「テトの前に争いごとを起こすな」という言い回しがあるくらい“神聖な”イベントなのだ

 

自分が盾になることによって、社員のTくんにも家族との楽しいテト休暇を過ごさせてやりたいという所長の優しい思いやりに心を打たれたわたし

 

それで、この件は日本に帰国中の社長には報告しないことにした。もちろん、悪徳業者が厚顔にも会社にやって来て問題を起こすようなことになれば、報告せざるを得ない。その時は、きっと所長もわたしも社長からお叱りを受けるだろう

 

でも、社員を信じて、物事の成り行きを見守るというのも管理職の仕事。何か問題があるたびに解雇していたのでは、社員たちとの信頼関係は築けない

 

今回も、親子ほど年の離れたベトナム人所長に教えられた

 

もちろん、頭の回転が速く鼻っ柱の強い所長は借金取りからの電話なんかにひるんではいない

 

「Tに非があるっていうんなら、警察連れてここまで来い!堂々と来れないのはそっちが法定外金利で商売やってるからだろう」とものすごい剣幕でまくし立てているのを何度も目にした。無論、高利貸しもこれにはタジタジ。

 

さらに総務部副主任に対して所長は、“しばらくの間、知らない人からの電話には一切出るな”と指示を出したのだそう

 

わたしが今年のカレンダーを手に入れることができなかった理由がまさにこれだ

 

つまりカレンダーを配達しに業者がやって来ても、「今、1階にいます。商品を取りに下りて来てください」という電話に出ることができなければ、注文は自動的にキャンセルされる

 

さて、テトが明けてしばらくたって、借金取りからの電話は掛かって来なくなった

 

どうやらTくん、法定外の金利分も支払って、問題を解決したようだ

 

最初っからそうすればよかったのに。というか、そもそも高利貸しからお金を借りるな!!

 

事が収まり、平和な時が戻ってきた

 

それで、こないだ急に思い立って、「ねえ、Shopeeで今年の卓上カレンダー注文して」と総務部副主任に頼んでみた

 

ところがネット上で探しても、テト前にあった商品が見当たらない?!

 

子供向けのカレンダーはたくさんあるが、テト前に目を付けていた素敵なカレンダーが全然ない!

 

業者に電話で聞いてもらうと、今はもうシーズンオフで扱っていないそうだ

 

ガ~ン!!

 

仕方がない、不便だが今年は卓上カレンダーなしで過ごすとしよう・・

 

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