ベトナム語禁止令

「しばらくは会社でベトナム語しゃべっちゃダメです」

 

ベトナム人の所長からそう言い渡されたのは去年末のこと

 

所長曰く、わたしのベトナム語はものすごくダイレクトで、時に誤解を招いたり、相手を傷つけたりするそうなのだ

 

確かに私のベトナム語は“未熟”で、言葉だけでは細かいニュアンスのコントロールができない

 

でもその気になれば下手は下手なりに、身振り手振りや顔の表情、声のトーンを変えながら、相手を傷つけないよう工夫することぐらいはできる

 

要するに、どう話すかは相手による。“はっきり伝えないと意味がない”と思える相手には、バシッと言う

 

ただ、去年それでベトナム人新入社員を泣かせた。新入社員とは言っても、年齢は39歳。ベテランとしての経験を買われ、入社後、いきなり管理職についた女性だ

 

「分かりました、分かりました」と返事をするだけで、一向に指示に従わない彼女。挙句の果て、「あなたは私に指示する立場にない」と言い放ったので、わたしは彼女の思い違いと高慢さをハッキリ指摘した

 

“いい年して職場で泣くなんてフェアーじゃない”と思ったが、泣いた社員には謝った

 

そう。言い方がきつかったことは謝ったが、それでも“言った内容は間違っていない”と伝えた。もちろんベトナム語

 

彼女がまるで子供のように頬を膨らませながら会議室を出た後、ベトナム人の所長はわたしにこう言った。「しばらくはベトナム語で話さないでください。何か言いたい時は、わたしか日本語がわかる社員に通訳してもらって下さい」

 

親子ほど年の離れた所長にそのように言われるとは・・

 

でも彼のこの言葉には心を打たれた。「あなたのこの会社での地位を守るためにもそうしてください。あなたが傷つかないためです」

 

泣いた社員は結局、あまりに仕事ができないため試用期間が終わる前にクビになった

 

その後も、彼女に影響を受けた数名の女子社員たちがゴタゴタを起こしたが、所長に言い渡された“ベトナム語禁止令”のおかげで、わたしは巻き込まれずに済んだ。それどころか日本に帰国中の社長から、「問題収拾に手際よく取り組んだ」とお褒めの言葉をいただいた

 

こうして社内に平和が戻り、ベトナム語禁止令もいつの間にか解除された。しかし私は以前ほど社内でベトナム語を話さなくなった。それは、日本語で言って誰かに通訳してもらえる気楽さに味を占めたからではない

 

一番の理由はネイティブに通訳してもらえるので、“ベトナム人ならどう表現するか”ということを勉強できるから。正しく訳してもらえているかを自分でよく聞いて確認するので、リスニングの訓練にもなる

 

そもそもわが社の社員たちは、その半数以上が日本語ペラペラ。アラフィフのおばちゃんが気負ってベトナム語を話す必要もないのだ

 

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