社員が交通事故に遭った!!

その日、わたしは午後からの“のんびり出社”

 

駐輪場にバイクを停めて、オフィスへ上がるエレベーターに乗ろうとしたところ、大きな買い物袋を4つも抱えた女の子を目にした

 

「えっ、あれってウチの社員じゃない?!」

 

声を掛けてみると、やはりそう。4つの買い物袋はそれぞれ、文具用品やスリッパ、会社で飲むお茶やコーヒーでパンパン

 

どうしてそんなにたくさんの荷物を抱えているのかという問いに、彼女は目を大きく見開きながら興奮気味にこう答えた。「買い出しに行った総務部の社員二人が事故に遭いました。今、所長が対応しています。この荷物は、事故に遭った二人が買ったものです。」

 

一台のバイクに二人乗りしながら、この巨大な4つの買い物袋をどうやって運んでたんだ??女子社員はエレベーターの中でいろいろと詳細を語ってくれたが、全部ベトナム語だったので100%理解できなかった

 

事務所に着いて携帯電話をチェックすると、なるほど午前11時頃、“所長から着信あり”となっている

 

とりあえず、折り返し電話を掛けてみると、「あっ、お疲れさまです」といつもと変わらぬ明るい所長の声。「今、病院にいます。2人ともちょっと怪我をしましたが、大丈夫です。念のためMRIを撮ってもらっています」と流暢な日本語で説明してくれた

 

事故があったのは、会社の真ん前の大きな交差点。右側通行の道路から左折してきたバイクに、直進するうちの社員のバイクが衝突したのだそうだ

 

事故に遭った社員から連絡を受け、所長が現場にすっ飛んでいくと、そこにはすでに相手側のダンナが来ていて“壊れたバイクを修理しろ”と怒鳴ったのだという(幸い、わが社の社員のバイクはほぼ無傷)

 

それに対して頭の回転が速く、鼻っ柱の強い所長は「“修理する”っていうことは、こっちに非があるってことを認めることになるけど、それはちょっとおかしいんじゃない?無理に左折してきたのはそっちなんだから」と切り返した

 

黒山の人だかりの中、口論になった挙句、なかなか折り合いがつかなかったので、警察を呼ぶことに。すると電話に出た警官は面倒くさそうにこう言ったのだそう。「我々が行くと費用も掛かるし、バイクも一時没収になるよ。大した事故じゃないんなら、当人同士で何とかしれくれないかな」

 

※ちなみに“大した事故”というのは、人が死んだり、道路に血が流れるような大事故だという

 

さすがベトナム。日本なら、ちょっとした事故でも警察を呼ばないと叱られるのに、ここではちょっとした事故で警察を呼ぼうとすると叱られるのだ

 

これを受けて所長は相手にこう詰め寄った。「どうしても白黒ハッキリつけたいなら、警察を呼びましょう。莫大な費用が掛かっても仕方がない。バイクが没収されても仕方がないでしょう。さあ、どうしますか?さあ、さあ、さあ!!」

 

結局、所長の迫力と目力に相手はひるみ、示談成立。それぞれの損失は、それぞれ自らが補うことに

 

「横から追突された相手のバイクの方がダメージが大きかったようです。運転していた女性も目に内出血してましたので、ちょっと可哀想でした」と電話の向こうで語る所長

 

病院での精密検査の結果、ウチの社員たちは、一人は擦り傷と軽い打撲だけだが、もう一人は足首の骨にヒビが入っている可能性があるそうだ。「とりあえず今日は2人とも早退させます」と言って電話を切った

 

基本的にわが社では業務で外出する際、タクシーを使うよう定めている。しかし、車に乗り慣れないベトナム人の中には車酔いする人も多い。強制できていないのが現状だが、今回の事態を受け、会社はこれを徹底させねばなるまい

 

それにしても、所長は頼りになる男だ。一連の報告を受けた日本帰国中の社長も認めるほど、今回の事故に対する彼の対応は完璧。ついでに社長は、“所長が留守の間の会社を守った”とわたしのことも褒めてくださったが、わたしはのんびり午後から出社して、所長からの報告を聞いて、それを社長に伝えただけ

 

例えるなら、ウチの所長はまさに“牧羊犬”。30頭の羊(社員たち)を守り、よく世話をする。わたしも会社での立場上、一応“牧羊犬”だが、年を取っていることに加え、年がら年中、膝が痛い、腰が痛いとぼやくだけで使い物にならない

 

そんなわたしができる唯一の仕事は、“羊飼い”(社長)のそばにいて、“優秀な牧羊犬”がその働きに見合った正当な評価と報酬を受けることができるよう見届けることぐらいなのだ

 

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